
3月26日の公開とともにSNS上で絶賛の映画『騙し絵の牙』。ミステリー小説『罪の声』などで知られるヒットメーカー塩田武士が大泉洋を主人公にあてがきし、2018年本屋大賞にランクインするなど注目を集めた小説を映画化。今作でメガホンをとったのはこれまで『桐島、部活やめるってよ』や『羊の木』で邦画の常識をアップデートしてきた吉田大八。 斜陽の大手出版社を舞台に編集者や上層部、作家たちの思惑と執念がスピーディーに展開する本作。キャスティングも主役級が集結した豪華さだが、音楽ファンにとっては劇伴をマスロックバンドLITEが手掛けていることも気になるところだろう。 そこで今回、LITEと音楽プロデュースを担当したMELODY PUNCHの緑川徹に対談をオファー。0コンマ何秒という緻密な構成を特徴とする音楽性と映画『騙し絵の牙』の相性、世界でも類を見ないマスロックと映画の組み合わせに至ったプロセスや、実際の制作についてじっくり話を聞いた。
映画『騙し絵の牙』【「LITE × 騙し絵の牙」特別映像】
INTERVIEW: LITE × 緑川徹

今の邦画界の常識を壊したい
━━まずは制作に入るまでのプロセスなんですが、緑川さんは監督からどんなオファーを受けたんですか? 緑川 徹(以下、緑川) (吉田)大八さんとは何本か一緒にやらせていただいてるんですが、オファー前は「今回どうしようね」と悩んでました。最初、なんとなく挙げた候補にLITEの曲もあったんです。僕は元々皆さんのことを知っていてCM案件で頼みたいと思っていたんですが、まさか大八さんからLITEっていう名前が来ると思わなくて。「マジすか? すごくいいですけどね」なんて言いながら、どうやって映画に? と思ってました。 普通に考えたらこういう映画って『半沢直樹』的な壮大な音楽が、群像劇みたいな感じで合いそうじゃないですか。ただ、「そういうのはやりたくないな」と。一度、(音楽無しで)映像を繋いだときに、大八さんが「やっぱりLITEに頼みたいな」と決めました。そのときには、まだ僕も「LITEは大好きだけど、どういうのがつくんだろう、ええ〜?」みたいな感じでした(笑) 井澤 惇(Ba./以下、井澤) 僕らも「ええ〜?」でした(笑) 楠本 構造(Gt.&Syn./以下、楠本) 他に挙がっていた候補は想像できるようなアーティストだったんですか? 緑川 どちらかというと劇伴が得意な人たち。だから違うミュージシャンを当てようっていう流れではなかったけど、今までと違うことがやりたい、と。大八さんの作品って劇中曲が少ないんですね。『桐島、部活やめるってよ』は劇中曲、1曲もないと思います。そういう意味で今回はたくさんあるじゃないですか。あれは自分の中では画期的だと思います。


むりやり音楽で 感情移入させたくなかった
━━制作時は監督がどういうビジョンを描いているのかを緑川さんが翻訳して当てていったんですか? 緑川 それもありますけど、最終的には大八さんと皆さんのやりとりがメインになるんです。でも、あのドライヴ感にあの映像が合うと感じた監督の発見がすごい。確かに出来上がってくるとドキドキ感が助長されてくというか、一番最初のあたり……ネタバレだから言えないのか(笑)。 井澤 曲名で言えばいいんじゃないですか? 「この曲のシーンで」とか。 緑川 “The War Game”かな。あのシーン、ドラムのフィルが狼煙って感じがして僕は好きなんです。 山本 晃紀 (Dr./以下、山本) 戦い感ありますよね。 ━━今回、キャッチコピーの中に「マスロックと映画」のコラボという風にジャンル名称が上がってますが、数学的、幾何学的な音楽と映画の組み合わせはやりにくそうだと思いましたか? 緑川 そうは思いませんでした。割と緻密に音がいっぱいあるじゃないですか。全員が16分でずっといるというか、隙間がないみたいな。 武田 譜面が真っ黒みたいな。 緑川 そうそう(笑)。MIDIで打ち込むとそういう感じになっていくので、セリフとの当たりが少し心配で、音がうるさすぎるとお互い喧嘩しそうだなとは思ってたんですよ。 井澤 セリフを喋っているところに大きい音を当てないみたいなことは考えながら、尺の中で作ったり。あと、マスロックだから変拍子とかも多用していたので、尺が変わってキメの部分に16分音符一個足しても、あんまり変に感じなくて。 ある意味、最初から変態だったから、キメを少し伸ばしたところでみんな嫌な気にならなかったかなって。変なことやっといてよかったみたいな安心感はありました(笑)。


すべての曲で 化学反応が起こった
━━いわゆる劇伴の制作方法は今回とは違うんでしょうか。 緑川 当然ですけど、レコーディング自体は違いました。逆に楽曲の制作過程は多分いつもと似たような感じだと思います。監督が2分30秒で作りたい、そこにこういう起承転結が入ってとか。今回、僕はLITEのニューアルバムのレコーディングにいるっていう気持ちというか(笑)。 ひたすらバンドのレコーディングをしていくっていうプロセスだけ。バンドと一緒に何か曲を作っていくっていう感覚でしたね。で、録る時はセリフとか関係ないから、演奏でベストなものって感じでやってくれるじゃないですか。 山本 レコーディングの仕方はいつものLITEの方法とかなり近いです。音決めの仕方から、アレンジの詰め方っていうのもそうだし、テイクをどこでOK出すかもいつものLITEの感じ。 井澤 プラスアルファで今回メロディー・パンチさん(緑川が所属する制作会社)とやったことですごい助かったなっていうのがあって。いつもだったらメンバー4人とエンジニアさんとでやりとりする流れなんですけど、今回はリズム録りをした後、次の曲をやるべきタイミングで緑川さんが録ったリズムの編集を一緒にやってくれて。並行して制作作業をやれたのがすごいスムーズでした。 緑川 普通、エンジニアさんがやる作業ですけど、そこだけはどうしてもドラムのレコーディング時間が限られていたりで自分でやりました。 井澤 そういう風にみんなが各々必要な作業をやってる感じなんだけど、目的が一緒だって感じは普段のレコーディングよりもスムーズに行ってるような気がしました。 実際、今まで25曲のレコーディングなんて僕らしたことないんですよ。なので、それを実現させるためには絶対に必要なことだと思うし、そういうのを教えてもらえた感じはありますね。 武田 普通の劇伴だとオーケストラとか、ワンテイクで終わったりするわけじゃないですか。 緑川 そうですね、ものによっては。 武田 それに比べて我々は「はい、もう一回!」(笑)。「どこが違うの?」っていうとこにこだわるから、音色とか。 ━━作ったもので証明していくしかない? 武田 音で会話するというか。 井澤 実際、『Multiple』ってアルバムが『騙し絵の牙』の前の最新作なんですけど、それよりも新しいことをやるモードになってるので、今回の楽曲は過去作とも違う。監督もそれを感じ取ってくれてたのかなと思います。 昔ながらのLITE節みたいなのを求めてるのかなと思ったら、そうでもなく。ちょっと映画に寄って欲しいっていうのと、僕らが新しくやってみたいことがちょうどハマってるというか。 ━━どのシークエンスに関しても印象的な曲ばかりなんですが、難しかったシーンを曲名で教えてもらうことは可能ですか? 武田 僕は23曲目(“Deception”)。 緑川 これが最後の最後まで残ってましたね。 武田 レコーディング中も作曲していて。デモの数が12個もありましたからね。鳴りはじめの音にすごいこだわりました。参照音源もいくつかもらってから、「こういう感じなんだけど」っていうのを作って出すんですけど、監督からも抽象的な答えというか、感情で返ってくるので、その感情を音で翻訳するみたいな作業を14回ぐらいやりましたね(笑)。 山本 武田も監督の意図を完璧に理解してるので。実際、ミックスの時にギターのフェイドインしてくるカーブも結構細かくて(笑)。 武田 監督の魂が移っちゃって(笑)。 一同 (笑)。


確固たるものがあるからこそ、 違う視点を入れてもブレない
━━武田さんのコメントの中に、最初はどうなることやらと思っていたと。でも自分たちの音楽が徐々に映画に溶け込んでいくプロセスがあったということですが、どういうタイミングで「溶け込んでいってる」と思われました? 武田 話をいただいた時って、LITEが客観的な目でハマるかどうかわかんないというか、ハマらないかな? ぐらいに思ったんです。でも、何個かデモを当ててみたときに、僕が感じるというよりは周りの監督しかり、緑川さんしかり、「あ、これいいね」みたいな反応を貰えて、そこでようやく「あ、これはハマってるんだな」みたいな感じになってくるというか。 やってることでいうと、曲を作って映像にハメるって作業自体ははじめから最後までずーっと変わらないんですけど、反応をいただけることによって、どんどん頭の中で馴染んでいきました。僕らはもう何回も聴いてるんで、「もうこの曲以外ありえない」みたいになっていくんです(笑)。自分の力で馴染ませたっていうよりも、周りの力で。 ━━今回、劇伴を手掛けたことでLITEの音楽性の特徴を再認識できたりしました? 山本 緑川さんに入っていただいて、バンドだけじゃなく、外の人が同じような立場で一緒にやって、レコーディング中に話して。そうすると客観的にLITEのことを話してくれるので、「LITEのドラムが変だ、すごい」とか、そういうことに気づけました。自信がないわけじゃないけど、自信がついたんですね。大変だし時間かかるけど、独自のドラミングというか、この変わってる感じがやっぱりいいもんなんだな、LITEの強みなんだなっていうのがすごく実感できましたね。 井澤 最近、いろんな人にバンドを見られることが多いんですよ。中立な立場というか、「こういうようなLITEだと面白いんじゃない?」とか。今回の映画もそうでした。吉田監督がいて、緑川さんがいてっていう場を借りてLITEを表現するっていう。基本的にはやっぱ新しい、自分たちの中にないことをやってみたいっていう衝動から曲を作ることって多いし、ある意味、LITEは実験の場所だと思ってるんです。 それを突き詰めながら、人に見られる経験をすることで、「そういう捉え方でLITEを求めてる人もいるんだ」というのがわかる。しかも、その感じ方がメンバー4人でバラバラなんですよ。それって要は4人が何を演奏してもLITEになるんだなっていうことでもあって。凝り固まったアイデンティティを崩しつつも、結果、芯はあるんだろうなって気づけたというか。 ━━なるほど。 井澤 それって映画だけじゃなくて、いろんな経験をしたうちの1つですけど、コロナ禍の中で僕は考えました。自分たちが手の届かない場所を半ば諦めてるところが、僕らはちょっとあったのかなって。マスロックっていうニッチなジャンルというか、インストで歌なしの音楽だから、歌なしの音楽が好きな人にしか届かないのかなっていうような気持ちが僕の中にはちょっとあったんです。だけど、それを通り越せる鍵になってるんじゃないかなっていうのは去年からずっと考えてました。 武田 やっぱりバンドって自分たちで作りたいものだけを作ってるんで、何に合うとか合わないとかって結構見えてないというか、盲目なんですよ。で、自分たちが「これは合うだろう」と思ったものが意外と合ってないこともあると思って。そこはプロデューサーの立場の方とか、こういう映像にはめるとか、そういうところで視野が広がっていくものだと思ったんですよね。結果、「映画×マスロック」という「混ぜたら危険」みたいな話が、意外と「あ、これ飲める」感じになったりするので。

Text by 石角友香 Photo by Kohichi Ogasahara

PROFILE

LITE
2003年結成、4人組インストロックバンド。今までに5枚のフルアルバムをリリース。独自のプログレッシブで鋭角的なリフやリズムからなる、エモーショナルでスリリングな楽曲は瞬く間に話題となり、アメリカのインディレーベル”Topshelf Records”と契約し、アメリカ、ヨーロッパ、アジアなどでもツアーを成功させるなど国内外で注目を集めている。 国内の大型音楽フェス”FUJI ROCK FESTIVAL”や”SUMMER SONIC”をはじめ、海外音楽フェスのSXSWへの出演や、UKのArcTanGent Festival、スペインのAM Fest、メキシコのForever Alone Festではヘッドライナーでの出演を果たすなど、近年盛り上がりを見せているインストロック・シーンの中でも、最も注目すべき存在のひとつとなっている。2019年6月5日には6thアルバム「Multiple」をリリースした。 HP|Facebook|Twitter|Bandcamp|Instagram
INFORMATION
騙し絵の牙
2021年3月26日(金)全国公開 監督:吉田大八 脚本:楠野一郎 吉田大八 原作:塩田武士「騙し絵の牙」(角川文庫/KADOKAWA刊) 出演:大泉洋 松岡茉優 宮沢氷魚 池田エライザ/斎藤工 中村倫也 佐野史郎 リリー・フランキー 塚本晋也 / 國村隼 木村佳乃 小林聡美 佐藤浩市 ©2021「騙し絵の牙」製作委員会 配給:松竹 公式HP 公式Twitter
映画「騙し絵の牙」オリジナル・サウンドトラック
2021年3月26日(金) LITE ¥2,000(+tax) 4560366920443 収録曲: 1. A Foggy Day 2. Fate 3. Mastermind 4. The War Game 5. Passing By 6. I's 7. Riff Off 8. Flaming 9. Hidden Agenda 10. Eyes 11. Serene 12. Ness 13. In The End 14. Sad Key 15. Hidden Agenda2 16. Creeping 17. Unexpected 18. Doom 19. Gap 20. Tracker 21. Midnight Mystery 22. Deep darkness 23. Deception 24. Serendipity 25. Breakout ストリーミング・ダウンロードはこちら
Stay Close Session
2021年5月28日(金) 渋谷 O-EAST OPEN 18:00 / START 19:00 END 21:00 会場チケット: 前売り ¥4,000 (Drink代別) 配信チケット: ¥2,500 ※アーカイブ配信:5月31日(月) 23:59 まで チケット発売中 詳細はこちら
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