では彼女が多くのアーティストからの支持を得ているのはなぜだろうか? それはリリースしてきた作品の質、ライブの素晴らしさだけが理由ではない。その常にブレない創作の姿勢へのリスペクトは大きい。
91年のデビュー以来、世の中のトレンドに一度たりともおもねることなく、創りたい作品を創り、やりたい分だけツアーをやり、そしてレーベルから契約を切られないレベルのセールス結果(本人曰く「ポップな作品を作ったことがないと思いやってみた」という『ストーリーズ・フロム・ザ・シティ、ストーリーズ・フロム・ザ・シー』では見事マーキュリー賞を受賞)をある程度残しながら20年以上のキャリアを築いてきた。
PJ Harvey - This Is Love
「やりたいようにやる」、「同じことは二度と繰り返さない」といったセリフは多くのアーティストが口にはするものの、実践できる人は極めて稀。というかほとんど居ない。
創作へのインスピレーション/モチベーションを絶やさないことと、多くの関係者を養う「事業」としての音楽活動の側面を長期間両立させる、という離れ技を続けてきたという事実に多くのアーティストが頭を垂れずにはいられない、というのが彼女へのリスペクトの背景にはあるはず。つまり彼女の過去の作品は、常にPJハーヴェイ自身の偽ることのないドキュメントとして評価されてきたのだ。
3.ジョン・パリッシュとフラッド
キャリアの中で作品のスタイルは大胆に刻々と変化させてきたものの、製作スタッフは安定した布陣を敷いているのもPJハーヴェイの特徴。3作目の『トゥ・ブリング・ユー・マイ・ラブ』から大半の作品のプロダクションを手掛けているジョン・パリッシュとフラッドの鉄板コンビは前作に引き続き今作でもしっかりと彼女を支えている。
PJ Harvey - Down By The Water
PJハーヴェイの創作意欲と新しいアイデアに寄り添いながら作品を仕立てあげてきた影の功労者でもあるこの二人は正に、第2・第3のメンバーであると言って過言ではなく、その功は想像以上に大きいはずだ。
そんな PJハーヴェイも、歳を経るごとに自身の安定・成熟も背景にあったのだろう、近年では作品のインスピレーションが次第に変化してきている。自らの内面の感情からアイデンティティを探るというアプローチから、より政治や社会、国家といった「外部」に視点を写すことで、自らを理解しようという変化だ。
それが最もはっきりと作品に表出したのが、史上初の2度目のマーキュリー賞を授賞した前作『レット・イングランド・シェイク』。彼女の母国であるイングランドと、その国自身がかかわり合いになってきた、血なまぐさい歴史に焦点を当てた作品だ。歌詞では何度も繰り返し、戦争や闘わねばならない人々の運命の歴史を振り返りながら、帝国主義後のイングランドが抱いていた迷いや誤った信念を示唆しつつ、絶望と悲しみに満ちた母国を描くことに挑戦した。それは彼女の内側に宿る愛国心との誠実な向き合い方とも言えるかもしれない。この試みは、PJハーヴェイとして新たな表現へのアプローチを見つけたとも言える成果で、メディアからも大いに評価された。
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